2018年3月29日木曜日


もう7年。介護が始まってもう7年。最初はこんなことは想像もしてなかった。糖尿病の義祖母。インスリンは日に4回注射。病気の義母の手術。したけど下半身不随になってしまった。なる予定ではなかった。

手術から半年病院でリハビリをしたが、治ることもなく自宅生活。初めは、ベッドに移すところから練習。私も必死に頑張っていたけど体重は支えられない。理学療法士、作業療法士の先生の様にはなかなかいかなかった。途中で 「移乗できる機械」 をレンタルするようになった。いまではこれが正解だったと思う。長期に渡っているから。あとは、導尿。最初は管(くだ)でおしっこを出していた。これも今では、管(くだ)をいれたままバルーンというものを付けている。ベッドも最初はウォーターベッドで時間がきたら体位変換してくれる機械もベッドサイドにつけていた。褥瘡が出来るから。これも今では、柔らか目のベッドで体位変換は自分でなんとか出来ている。朝晩は私が排泄が出てないか見て、出てたら交換。お風呂はデイサービス。

2年前には義祖母に認知症が入ってしまいグループホームに入ってもらいました。本人はまだ帰れると思ってます。毎日電話で食事制限が入っていて、家では制限は出来ない事。体の不調が多くて(本人はまだ健康だと思ってます)頻繁には病院に連れて行ってあげられない事。1度は理解してくれても時間が経つと忘れているみたい。でも、入って良かったと思う。それまでは、段々と体の不調を訴えて病院通いが増えてきて、夜でも救急にかかり始めていたから。インスリンも時間で食事前に朝昼晩に打たせて、見守っていなければならなかったし(その前に食事の準備をして)、排泄もベッドサイドにポータブルトイレを置いて、日に1度変えなければならなかった。デイサービスにも行っていたが、気が向かなければ休もうとしていた。食事にも制限があったけれど、守ってなかったですね。家に居れば自由ですから。私が2人も見なければならず泣きそうだった。

私には娘が2人おり、こちらにも手をかけてあげなけばいけないし、私が倒れたらどうなるんだろう。と思っていました。でも義母が身体障害者1級なので死亡保険が生前に受け取れた。高度障害で申請しました。掛け金は毎月それなりにあったけど、掛けておいて良かった。これだけは本当に救われた。この先お金も無いのにどうして暮らしていこうかと思ってましたから。義祖母は帰りたい、帰りたいと毎日言っているみたいですが、私が無理です。とにかく息抜きですね。あと、お金に余裕をもたせた方が良いです。

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